2003年8月2日〜12月24日までのつれづれ。
naisyoku いわゆる「日記」とか「感想文」のようなものです。
毎日は書きません。書くことがある時だけ書きます。
(2003年8月2日〜12月24日までのつれづれのページです。)


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2003年12月24日(水)

『中田のきんつば!』

をいただいた。

 この間、金沢の友人Nの頼まれ物をしたら、今日、クリスマス・プレゼントってことで、金沢の『中田屋のきんつば』が届いた。
わーいヽ(^。^)丿(1個じゃないよ!詰め合わせだ!!)

 『中田屋のきんつば』の本店は浅野川大橋を渡ってまっすぐ行ったところにあって、学生時代はよく
「今からきんつば買いに行くぜ!」
と、突然高台にある大学から自転車でダーーーッと降りて行って、きんつば1個だけ(笑)買って食べていたものです。当時1個百円だったかな。今も同じ!?前回書いたストーブの「ブルーフレーム」と同じく、『将来お金持ちになったら、好きなだけ買って食べてやるぞ!!』と思っていたアイテムの一つですね(苦笑)今では「中田のきんつば」が売ってさえいれば、買える身分になりましたけど...べつに「お金持ち」にならなくても買えたんですね!が、私の住む街では売ってないので、やはり今でも「欲しくても簡単には買えない」物です。こういう品が届くとホントに嬉しい!!ありがとう〜!(実のところ、こんな良いものをいただく理由は私には無いのだが...。)

「水彩画の額装完了!」

 個展に出す水彩画の額を大阪で買って来て、昨夜、額装しました。マットの窓のサイズもうまくいって、あれなら大丈夫。ガラスをゴシゴシ磨いてて、知らない間に手のひらとか指を切ってました。イタタ...。実は最初、今回の個展を思いついた時は、小さい展示室で水彩の小品ばかりを集めた展覧会を考えていました。(「売ってやる〜〜〜〜!」という野望を持っていたのでσ(^◇^;))でも油彩が何点かあったので、どうせやるならちゃんとした個展を!と思い直しました。うーん。でも。水彩画って、額に入れると大きくなるんですね。これでは画廊のスペースが無くなりそう。どうしようかなー。まあ、点数が少なくて壁が余るよりはマシかもしれない。多分搬入ギリギリにならないと、展覧会の構成は決まらないかもな。そんな感じなので、ここに来てものすごく油断してます。もう来週から個展始めてもいいくらい。こんなに余裕かましてる自分が怖い。でも今から取って付けたような絵を描き始めても、きっと他の作品と合わないから展示はできないしな。来年のコンクールに出す作品のことでも考えようかしらん。ああ、今までにない状態で、これが良いことか悪いことかわからない。んんんん〜〜〜〜。

とりあえずきんつばでも食べて、仕切り直すとしよう。

ああ。そう言えばクリスマス・イブなんですね。
私は全然関係無いなー。こんなに関係無いのが珍しいくらいに関係が無いなー。

2003年12月17日(水)

『この冬の初RAINBOW』

つまり自分の部屋にストーブを出した。点火した。

 このストーブ。金沢で買ったから、かれこれ20年くらい前から使ってる。よく考えたらすごいことだわ!何でか知らないけど、「このテのモノ」のメンテが私はかなり得意らしい。毎年毎年、それはそれは綺麗に内部まで丁寧に掃除して、芯も切りそろえて点火確認までして、次の冬に出したらすぐ使える状態にして押入にしまうのです。このストーブの名前が『RAINBOW』です。
(後ろに写っている『極楽』は私の絵。)

 去年の今頃の日記にも書きましたが、20年前私が本当に欲しかったのは、アラジンの『ブルーフレーム』のグリーンです。『ブルーフレーム』は『RAINBOW』の約倍の値段です。高〜〜い!!金持ちになったら絶対に買ってやる!!と20年前からずーーーーっと思っている。けど...。『RAINBOW』がこんなに元気だと、例え金持ちになっても新しいストーブを買う気は起こらんでしょうねぇ。使える物を捨てて新しい物を買うのは、自分で自分を許せないので。(←それは金持ちになってから言えよ!って!...日本国民全員が私のようだったら、日本経済はとうに滅んでいることでしょう。だって、物買わないもんねぇ〜〜〜!怖いくらいに!!)それに、長く使ってると愛着も湧いてくるしね!火力が強いからすぐ暖まるし。使えるうちは、ずっと『RAINBOW』だっっっ!

ああ、何もしない一日...

 今日は仕事が無かった。ずっと家にいた。今日やったのは、
・手作りローションを作ってみた。
・黄色ちゃん(セキセイインコ)のカゴを掃除。
・RAINBOWを出した。..........以上!!重要なことは何もしてない。

まだこれから、最後に残ってた内職の仕上げをしないといけないし、もちろん絵を描かないといけない。
やるべきことはいくらでもある!!でもちょっとボーッとしたい気分。
だったので、今日はボーッとしてみました!!
昼間はまた『ピーコのファッション・チェック』を見てしまった。なぜ私はボーッとしてるとこの番組を見てしまうのだろうか...?他にも『身柄はどうなる?フセイン元大統領!!』なんていうタイムリーな番組もあるのにねぇ。ああ、アメリカが...というかブッシュ大統領がおかしなことばっかり言うから、気分が悪いので見たくないのかもな。『自分だけがエライ』と思っている人間は嫌い。
昨日焼き鳥を食べに行って出た話。

『一番大事なのは人としての品性やん!!』

あからさまに品性無さすぎやしませんか?ってことですね。

さあ、くどくど人のこと言ってないで、私は私の仕事を黙々とやる。明日からエンジンかけるゾ〜!
その前にご飯食べよう。今日は自炊の日なんですね。何を食べようかなー。それではまたね(^_^)/~

2003年12月4日(木)

『ジジジジジ...ボムッッッ!...(/_;)』

 モニターが内部崩壊してしまいました...(/_;)

 1週間ほど前から画面が縞縞になる現象が始まったのですが、しばらく待ってるとまた復活したりしてたので、まだ当分行けるかな?と思っていたのに。。。
 今日の昼、例によって縞縞になってたので様子を見ていたら、『ジジジジジ...』って音がし始めて。この「ジジジジジ...」が始まった時点で私は「まさか爆発するんとちゃうやろな!?」とMacから数メートル離れたところに逃げて、何が起きるのか見ていたら、画面に不気味な閃光がピシピシと走り始め『ボムッッッ!』って言った後画面が暗くなり、すごい悪臭が家中に広がり..∫(TOT)∫明らかに何かが焦げている!!本当に爆発も火も出ないか、しばらく見守った後、モニターを抱えて庭に放り出し、母に『コンピューターの画面が自爆した!』と報告した後、早速神戸まで新しいモニターを買いに走りました。「さっきまで使ってたモニターがボンッッ!っていってしまったので。。。」と言うと、店員さんが気の毒そぉ〜な顔をしてくれました。

 いやもう。今日は家でバリバリ仕事してるハズだったのに、モニター買いに行くのとセッティングするので1日潰れてしまいましたよ。まったく〜〜〜〜!!
悲しいので、本日、自爆・昇天なされた愛らしいMacのモニターちゃんの最後の姿を、ここにご紹介しておきます。


左が今回昇天された、今は亡き『Power Mac 4400』の純正モニターです。この正面には、今は懐かしい『カラー・アップル・ロゴ』(右)が。このモニターの形、好きだったんですけどねぇ。かなりムダがあるでしょう?そういうとこが可愛かった。'97年12月25日購入だったので、まる6年間働いてくれたことになります。今までありがとう!これからは「17インチ/液晶/ステレオスピーカー内蔵/モニター」と共に頑張る!!でも、目が慣れるまで変な感じ...(^_^;

2003年11月30日(日)

『はしゃぎすぎてしまいました...(/_;)』

 半年がかりでやってた仕事に一応のキリがついたということで、色んなところではしゃぎすぎてしまいました。映画を2本見て、セーターなんか買っちゃって、DVDの予約もして、あと「良い靴が欲しいなー」(ここに来て物欲が爆発してるよねぇ...)とか思っているうちに...。

「はっっっっ(・〇・;)」と気付くともう11月が終わるではないか!!!

私の目標はどこへ!?11月中に内職仕事は全部終わらせて、12月には、自分の絵だけやったらいいようにするんじゃなかったのか!?なんでまだ終わってない仕事がふたつもあるのだ!?げげげーーーー!
ほらほらほら!遙か遠くの空に小さく暗雲が見えてきたよ〜。イカンですよ、これは!あの雲はこっちに来させたらあかん。あかんので、私は土曜も日曜もひたすら家で仕事をするのです。暗雲からスタコラ逃げるのです。あう〜(ノ_<。)

 ああでも。
思い返せば、今年は結局、始めから終わりまでこんな調子だった。何て余裕の無い1年だったことか!!そして、何て充実した1年であったことか!!ウン十年生きてきて、今年が一番忙しくて充実して、しかもお金も儲けました〜(*^^*ゞ 来年は今年を含めてこの3年間にやったことの真価が問われるのです。ワクワクしつつ、ちょっとナーバスになりつつ、自分がしたあらゆる仕事に関して「ベストは尽くした!」という確信はあるので、後は他人がそれをどう見るかだけ。私に出来ることはこれ以上何も無い。静かな気持ちで年を越しましょうぞ!!(って、まだやるべきことはたくさんあるけどね!)

(映画の感想は来月制作を再開したら、現実逃避がてら「映画のツボ」に書こうかなー。2本のうちの1本は「マトリックス/レボリューションズ」なのだが、この映画についてはもう思い出したくないので、書かないよーだ。)

2003年11月19日(水)

『右脳人間"じぇい"』

 かつて私の絵の師匠O先生は、ギリシャ彫刻の石膏像のデッサン中、"白いクリクリ巻き毛"に手こずる私達生徒に言ったものでした。

『髪の毛やと思うな。"宇宙人のウンチ"やと思え!』
(髪の毛のように見えるが、これはそういう形をした単なる固い石膏の塊にすぎない。概念で物を見ずに、初めて見る「宇宙人のウンチ」を描くように、目で捉えた客観的事実だけを描きなさい、ということ。)

 最近、これを地で行く感覚を思わぬ場面で体感してしまい、自分が怖くなってしまいました。
正確に言うと、『"宇宙人のウンチ"だと思っていたのが、本物の巻き毛だった!!』のです。
先日、ある包みを開けたのですが、その包みの表には赤ペンの試し書きをしたような、汚いグルグル渦巻きが書かれていました。それとは別に、中に入っている物の名前と個数が印刷してある小さいシールが貼ってありました。私は中身を出す必要があったので、包みを開いたのです。そしたらまわりの人の反応が変。「あーあ。」という感じ。何故かは全然分からないけど、何かマズイことをしたなというのはすぐ分かったので、とりあえず「あ、ごめん!」と謝って様子を見たのですが、「それ。」と言われて初めて、その『グルグル渦巻き』が「文字」らしい!?ことに気付きました。しかも、私以外のみんな、それが「文字である」ということに関して何の疑問も持っていないようで、「なんで開けたん?ちゃんと書いてあるのに。」という感じ。いや、それでもまだ私はそれが文字に見えなかった。どうやら「開けないで」と書かれているらしい「渦巻き」を見ながら、しばらく軽いショックを受けてました。

 よ〜く考えてみると、その前後3週間近くの間、根を詰めて家で装丁の仕上げをしていて、つまり活字と絵とにらめっこしながら連日連夜、ずーーーっと何時間もレイアウトをしてたのです。こういう状態で見ている「活字」は、もはや「意味のある文字」ではなく、まさしく『宇宙人のウンチ』をパソコン・モニターの中で、上へ下へと動かしているのと同じ。綺麗な活字を見てさえその状態なので、ちょっと崩れた手書きの文字なんて益々、意味のある文字とは認識できない。それが普通の感覚になっていて、装丁を離れてもその感覚のまま他の仕事をやってた様です。我ながらびっくりしました。普段から、どうしても何を表してるのか分からない携帯電話の絵文字とかある方なので、もともとそういう「形状に関する意味のある認識の仕方」が弱いとは思っていましたが...。ここまで来たか、と。

「そして装丁は続く...」

 このような恐ろしい事実はさておき。
お陰様で装丁は最良の仕上がりをしつつあります。ああ!幸せ!!ヽ(^。^)丿私のこの充足感、幸福感を、分かってもらえるでしょうか???普段私がやっている絵は、自分の発注で自分が書いているだけなので、自分で自分のことだけ考えていればいいのですが、「装丁」はそれとはワケが違います。私が装丁を施す対象が、すでに誰かの「作品」なのです。作品を生かすも殺すも、装丁次第。なぜなら、本を最初に見る時に目に入るのは、内容ではなく外見。つまり装丁だからです。しかもその外見が、本に書かれてある内容の中で、最も大事なことを端的に表していなければならない。良い装丁をするには、書かれている内容の理解が第一。書かれていること、書いた人の姿勢に対して、私が本当に共感と愛情と尊敬を持って対峙することが必要です。作品というのは何でもそうですが、「愛!」「共感!」の無い表現はダメです。しかし、今回はホントに良い!!私のこれまでの自信作、詩誌・Konoya 2連作と同等かそれ以上の出来( ̄^ ̄)(来年はKonoyaの全面リニューアルが待っているのでした!うわうわ大変!)
 私はもともと自分が絵を描く人間なので、例え装丁であってもそれは「自分の表現」として考えています。なので、デザインの中に必ず私の「個人的な希望」みたいなものが入ります。この「希望」とは、今回の国語教育の先生の場合は「長く険しい道をこういう風にしたたかに、軽やかに、そしてチャーミングに乗り越えて行って、誰もが自由な姿で生きられたらいいですね。」というもの。Konoyaであれば、著者の丹田さんと福島さんお二人に対する「こんな詩を書く詩人になって行って欲しい。」というもの。さあ、それが伝わるでしょうか?最終的な判断は、見る人にゆだねるとして...。今回、今の私に出来ることはやり尽くしました。しかも著者ご本人から「おまかせしてよかった。」と言っていただいて(T-T)。「上手く出来んかったら、どうしよう、どうしよう、どうしよう〜(T-T)...」と思い続けたこの半年...ああ!頑張った甲斐があった。良かったよ〜〜〜(ノ_<。)うう...。これから細部を詰めて、いよいよ印刷の相談に入って行きます。ここから先は、未知の世界だ〜〜!本物の本が出来るよ〜。すごいよ〜。自分が書いた本じゃないけど、ああ、すごく嬉しいっっっ!!

(装丁の勢いで注文の年賀状も作って、こっちもほぼ一発OKが出て完成。嬉しい嬉しい。今かなりノリノリ。このまま自分の年賀状と個展のDMも一気に作るぞ〜!!そして個展の事務的な手配を済ませつつ、自分の作品づくりの詰めへ、GO!!まだまだ走る走る〜!)

2003年11月12日(水)

『バス・フィッシング発見!』

 今年の6月に携帯電話の機種変更をしました。前の電話は3年ちょっと使ってました。画面は白黒でメニューさえ無く、画像も受け取れない化石のような電話でしたが、例によって私はメールが出来て電話がかけられればそれで満足してました。しかし充電サイクルがどんどん短くなって行く上に、ある日突然電話機に「さようなら」されて、中にあった情報が全部お釈迦になった人の体験談を聞くにつけ、恐怖感に負けて、機種変してしまったのです。新機種はもちろんカメラ付き。画面はカラー。色んな機能が付いてますが、私が使うのはほぼメールだけでした。

 それがですね!!さっきご飯を食べ終わって何気なく携帯をいじっていたら、「Java アプリ」というのがあって、それを開いてペペッと押してみたら、『バス・フィッシング』のゲームが出てきたんですよ〜!思わず5回ほどやってしまいました〜。合計4匹釣れましたが、そのうち1匹は撮影したのを保存する時に上書きで消してしまい、今写真に残ってるのは3匹です!でもなんかうれしい...(^_^)キャストも3本に増えました〜。エリアは「橋架下」か「倒木」が相性が良いみたいです。こういうゲームのたぐいにはほとんど免疫が無いので、かなり楽しい!買って半年してから初めて発見したというのも、なかなかの香ばしさ。今時「バス・フィッシングが...!」と言ってる人間も、私ぐらいのもんでしょう。

 本日は、今抱えている仕事のうちの1個に区切りがついたので、ちょっと気分良く釣ってしまいました。いやいや、穏やかな良い一日でした。

2003年11月6日(木)

『私は何をしていたのか?』

 日々『Jのツボ』を開いては「ちっ。また更新してなかったわ。」と帰って行ってた皆様こんばんわ!
永のご無沙汰でした。
さて、「つれづれ」を書いてなかった間、私は何をしていたか?

・装丁の試作デザインづくり
・頼まれものの年賀状づくり
・自分のDMづくり
・日々の労働
・城崎(カニの解禁前(;.;))に慰安旅行

という感じ。特別なことは何もしてませんでしたが、とりわけ装丁が佳境に入ってきております。
現在、制作のお供の音楽は、平沢進のプロジェクト「P-MODEL」の『さゆり・セレクションMD Part2』(=今ワタクシ、このヒラサワMDに夢中!パンクで詩的でカッコ良くって...!!)と、『BIG SQUEEZE The Very Best Of Squeeze』でございます。(最近Queenから浮気中(^^ゞ)
装丁もその他の制作物もすべて、今月中に終わらせてしまおうと、全部、今も断続的に制作中です。12月から来年の個展までは、自分の絵に専念するのだ〜〜〜!さあ、私のこの計画を無事遂行させてね!何もトラブらないでね!お願いしますっっっっ!!(-人-)

 さて。日本シリーズも終わってしまったし、今楽しみって無いですね。「長島ジャパン」がオリンピック予選を闘っておりますが、イマイチ興味が湧かない。う〜ん。今オフで野茂投手が日本に帰ってきているので、時々そのニュースなどチェックしてますが。(野茂ってエライんですよ。古巣である社会人野球チーム新日鉄・堺の廃部を知り、自分が出資して新日鉄・堺時代の先輩などの協力を得て「NOMOベースボール・クラブ」という社会人野球チームを作ったのです。日本に帰ってきた時には指導もしている。)野茂は帰ってくるとけっこう関西をウロウロしているらしく(神戸のとある高級マンションに住んでいるという話)、仰木監督がオリックスにいた時代には、私の住む街のお寿司屋に監督と共に現れたという話も聞いた。どっかで野茂投手を見かけたら「あなたはエライ!」と言いたいぞ!

 さあ、それではまた制作に戻ろうかな。今月中に終わらせると言いつつ、絵は来年まで続くし、終わらない時間を延々と生きているような気がするわい。個展が終わったらスパッと区切りを付けたい。旅にでも出ようかな〜〜。どこに行こっかな〜。おっと、これはまだ先の話だわい。まずは全てを最高のカタチで完成させることだわい。もうひと頑張り!ふた頑張り!!えいおー!(^o^)9

※前回書いた『"私は無能だ"病』は、制作三昧してるうちに治りましたとさ。めでたし。

2003年10月18日(土)

『"私は無能だ"病』

 早速風邪をひきました。やはり引き金は睡眠不足のようで。眠れない日が数日続いた後、大阪の仕事からの帰り、電車の中で「私は無能だなぁ...」と鬱々としていたら、隣に座っていたサラリーマンのおっちゃんに、5回ほど連続ですごいくしゃみをされて、「わ〜〜〜!!伝染るから止めてくれ〜い!!」と思ってたら、翌日起きた時にはもう、右顔面(右副鼻腔ですな)が痛重くなってて肩も痛いし頭も痛い。節々も痛い。ほんまにねぇ。きっと「私は無能で役立たず...」と悪いことばっかり考えているから、ひかなくても済みそうな風邪をひいたりするんですね。

 最近学生時代の同期の人や先輩が、続々と一般の目に触れる場で活躍し始めて、「みんなすごいなぁ。頑張っとるなぁ。」と嬉しい反面、「それに比べて私は何をやっとるか...」という思い(今の自分が出来るだけのことはやってるけど、それは同期の人や先輩達のように表に出たり他人から評価されたりすることが決して無い、閉じた世界で空回りしてるだけじゃないか?という疎外感)が、わ〜!っと広がってしまっている今日この頃。ああ、またいつもの被害妄想を繰り返してるだけなのだった。(と書いている最中にもくしゃみを2回...)
もひとつオマケに、さっき読んだ記事に書いてあった。「内向的な自己満足を得てよしとする時代は、30年前に終わった。美術は社会に向かって開かれた窓でなければならない。」これはある外国の高名な現代美術キュレーター氏の発言。そうか〜。描く絵と自分の個人的な心情がネタネタと密着粘着している私みたいなモンは、価値無し意味無しかぁ。そうかー...。とまた「私は無能だ...スパイラル」に拍車がかかるのでした。(と、ここでまたくしゃみ2回。くしゃみは2回がセットなのか???)もちろん、この高名なキュレーターさんはこういう発言を私に対して行ってるワケではなく(当たり前じゃい!)、彼の考えはこうだ、と言ってるだけというのは分かっているのですが。今みたいに鬱々としている時には、けっこう被害妄想でグサグサと刺さって来るのです。私以外の誰にも知ったこっちゃない話ですけどね。

 10月も半ばを過ぎ、残すところ今年もあと2ヶ月ちょっと。今年は「仕込み」ばかりで結果として何もカタチにならなかったなぁ、と思う。これがカタチになるのは来年かぁ。さて。良い結果となって現れてくれれば良いけど。そう言えば「夢のパリ・ベルギー旅行」からも早1年経とうとしている。う〜ん。もう一度ゲントに行きたい!!「神秘の子羊」を鑑賞し、街中を歩き回る!!ブリュッセルもグラン・プラスと駅周辺しか行ってないから、アール・ヌーボーの建築など回ってみたい。金持ちになったらね!!(当ても無いのにねぇ)

 さて、日本シリーズの観戦準備でもするかなぁ〜。もちろん私は男・星野率いるタイガース応援団。例え日本一になれなくても、彼は人々の「記憶」に残る「名将」として語り継がれるのでしょう。もちろん、日本一になって「記録」にも残っていただきたいですが。では、いざ!!!

※この「Jのツボ」がいつの間にかGoogle検索で出るようになってます。こないだふとやってみて、1ページ目の下の方に出てきてビックリ!う〜ん。ロボットさんに遂に発見されてしまった。今までどこにも出なかったのに。これは「色んな人が見てるゾ。口を慎めよ!」っていう警告なのか〜!?

2003年10月13日(月)

『見えた!』

 今日やっと見えた!個展までの道行きが...。「道行き」ったって難しいことではなく、平たく言うと「搬入日までに予定していた作品が無事仕上がり、思った通りの展示を完成させられるだろう。多分。」という予測がつけられるようになった、それだけの話。が、それが見えんうちは怖くて怖くて、どうしようもない。「こんなんでホントに個展なんか出来るんか?」「やったはええが、"何これ?こんな作品でよお個展する気になったなぁ"と言われたら...。」ありとあらゆる各種被害妄想がぐるぐるぐるぐる頭を巡ってしまう。その状態からとりあえず解放されたということで、ひと安心。さて、余裕が出たところでもう1枚描ければベストなんやけど...(私の個展は「複数の作品を使ってひとつの空間を作る」という意識でやってるので、今頭の中にあるような展覧会場にするには、実はまだあと少し足りない絵がある。)まあ高望みはせずにボチボチ行きましょう。まだこれから装丁もあるしね。絵も本当に完成したわけではないし。より良い展覧会が出来るように、これからもひたすらコリコリと地道に描くだけなのだった。

 『難しく考えることは、そんなにエライことなのか!?』

 と、よく思う。特にここ数年は「論理的によーく考える」という状態からはほど遠い毎日を送っているため、それを自己弁護したいだけちゃうん?って言われれば、弁解の余地は無いのかもしれない。けど、ですね。例えば人から「これやってくれへん?」と言われた時に「あ、それやりたい!やらせて!」と言ってやってれば、現在も先々も、例え失敗しようが何も間違いは無いのではないかと思うんですね。それは自分が自分に問う場合も同じで、自分が自分に「これ、やる?」と聞いて、自分が「うん。やる!!」と即答したら、それは迷わずGO!だ、と。そういう単純な問いかけと答の間に、理屈を重ねて自分や他人を納得させるような手続きを介入させると、その瞬間、「うん。やる!」という、自分がアクションに向かうエネルギーが、ねじ曲がってしまうような気がする。自分のや人から聞いた色々な理屈をこね合わせても、結局は、「やる!」と思った一瞬に巡った、それまでの自分の色んな思いや経験からくる「判断」を、越えることは出来ないような気がしている。そういう、迷いの無い一瞬の判断に、そう大きな間違いは無いと思う。
 私はそう思って絵も描いている。結果的に「これはダメやったかな?」ということになっても、「これがこの時の私です」と言えるのであれば、それは「ダメ」でも何でもない。「これも私です!」とはっきり自信を持って言いきって良い。そう思う。人には色んな自分がある。昨日の私と今日の私は違うし、こう思うけど、でもこうも思う、と相反することを同時に考えていたりもする。それが当たり前の姿だと思っている。色んな私が1枚の絵を描いている。今日の私は昨日の私に首をかしげながら絵を直す。そしたら明日の私がまた「しょうがないな」と描き直す。そういうことのくり返し。「一瞬の判断」には、そうした「色んな私」が正に一瞬に総動員されて、声をそろえて「うん。やる!」と即答しているような気がする。それに対して、色々理屈をこねた時には「その時の私」しか判断にかかわっていない。だからすぐに「違った理屈をこねる別の私」が登場して後悔したりクヨクヨしたりする。私、変なこと言ってますか?でもこれ、今まで生きてきて本当に実感してるんですけどね。色々理屈を並べてその結果としての判断により行動を起こす、ということがエライと、長い間信じてきたけど、それでかなり後悔したりクヨクヨしたりを繰り返してきたので、そのやり方はもう止めたんです。「このやり方では、ずっと後悔しっぱなしになる」と思ったから。そしたらけっこう快適なんですね!やっぱりこの方が自分に合っている。自分に合った方法で、快適に過ごしましょう。ただ、それだけ。それ以上も以下も無く。人が「ダメだ」と言っても自分が快適ならそれでOK。私はQUEENを愛し、SQUEEZEを愛し、ファン・エイクもモネもバッハもストラヴィンスキーも水辺の植物もツユクサもジャイアント・コーンもチョコ・クッキーもキャベツの千切りも、愛している。どれが上でも下でもなく、全部好き。そういう私が絵を描いている。それはそれで変じゃない。

2003年10月5日(日)

『New ベッド注文』

 私のベッドなんですけど。昨年末の粗大ゴミに出さされて以来、物置部屋の保存食や和ダンスなどの谷間の地べたで寝ておりましたが、ついに今日、新しいベッドを注文しました。

 前のベッドっていうのがスゴくて、現在60歳になる母方の叔父が学生時代に使ってたのを私の姉がもらって、姉の次に私が使っていたという。40年間使って煮しめたような色のマットはスプリングがボヨンボヨン、フレームは一部壊れてはずれていた。ものすごい代物でした。でも私はそんなんどうでもいい方なので、寝られればそれで良かったのですが、ここで昼寝をする母が「こんなとこで寝てられへん!」と言い始め、無理矢理粗大ゴミに出されてしまいました。「いい加減に新しいのを買え!」と。

 いや、今回も長かった〜!(しかしコートは5年。靴も買うのに3年かかったことを思えば、何て迅速!)本当は前のベッドを捨てたらすぐに買うつもりだったのが、なかなか思ったような商品が無かったので、買うに買えず。それが何で注文にまでごぎつけたか!?まず、だいたい考えていたのに近いベッドを見つけた。その前に、「あんた、布団ひきっぱなしにしてたら、畳が腐ってくるで!!」という母の一言。これが決定打となりました。ずっとベッドだったので、すでに布団をしまう場所も無く、干す時以外ずーっとひきっぱなしだったので。(いわゆる「万年床」ってヤツですな(*^^*ゞいやお恥ずかしい。)
 『New ベッド』は探していた「宮(枕元の物置棚)付き」で「木製スノコベッド」です。おまけにコンセントの差込まで付いている!ワクワク!!この「宮」に、今まで蹴り倒し転がりまくってた目覚まし時計3個とヘッドランプを並べるのです。あ...「何で目覚まし3個!?」って?はは...3個を30分くらいの時間差で仕掛けて寝るんです。それくらい、朝起きられないのです。すいませんね。「ヘッドランプ」は阪神大震災の教訓でして、何かあった時にとりあえず灯りは確保しておかないと、眼鏡が吹っ飛んだのを暗闇で探せないから。(眼鏡無いと何も見えないし)

 近いうちに送られてくるNewベッド。楽しみです。ふふふ〜。

 本日はベッドを注文した後は、装丁用の水彩画の画像をMacで色補正したりして、加工する作業をしておりました。とりあえず一通りは終わったので、いよいよ次からは画像の配置にかかります。こんなに手間をかけて最終的にどんなものがどんな風に出来上がるのか、やってる自分にも予測がつかない部分がたくさんあって、期待と不安が入り交じってますね。初めてすることは、ほんとに緊張する!ふるふる{{ (>_<) }}(それでも何の根拠も無く「私がやんねんで!ええもん出来るに決まってるやん!」と心のどこかで思っているのが、私の大胆不敵なところ。自分でも恐ろしや恐ろしや...!)

2003年10月2日(木)

『続・TEMPTED』

 みなさん間違いなく興味無いと思うんですが、前回書いたSQUEEZEの『TEMPTED』という曲について、続報。前回「ベスト・アルバムはお勧めしませんね!」とかエラソーなこと言ってたくせに、実は『BIG SQUEEZE The Very Best Of Squeeze(limited edition)』(2枚組ナント¥2,207という安さ!)を買ってしまいまして...(~ー~)そのスリーブに、ディフォード&ティルブルックが1曲ずつコメント書いてるんです。で、『TEMPTED』の部分はディフォード(恐らく)がこう書いてます。

『みんな知ってるように、この曲はポール・キャラックが歌ってるよね。グレン(=ティルブルック)も別のバージョンでレコーディングしたんだけどね。ラジオから火がついて、ヒットしたよ!ポール・キャラックのこの曲に対する愛情と献身には感謝しないとね!この曲は長いツアーに出るため、ヒースロー空港に向かう車の中で書いたんだ。エルヴィス(=コステロ)がボクに「こいつはポールが歌うべきだよ!」と言った時は、自意識を傷つけられたなぁ。でも完成した曲を聴いた瞬間、これは疑いの余地も無い!大成功だ!と思ったね。傷ついた気持ちはまたたく間に消えて、めちゃくちゃ嬉しかったな。ポールは世界中で一番いいヤツだよ!』

だそうです。ってことは、この曲ってやはりディフォード&ティルブルックの作みたい???ベスト盤のCDの方はそうなってる。でも、LPレコードのジャケットには、「ポール、グレン、プロデューサーのエリック・ソーングレン」の3人の名前でクレジットされているし、LPレコード本体のレーベルには「全曲ディフォード&ティルブルック」と書いてある...。しかも、「車の中で書いた...」と語っているのがクリス・ディフォードとなれば...んん〜〜〜?本当は誰が書いた曲なんだ!?

以上。どうでもいい報告でした。
ちなみに『TEMPTED』は『誘惑されて』とかいう意味ですね。

2003年9月23日(火)

『なんと!SQUEEZEだっっっ!!\(・o・)/』

 知ってる人ほとんどいないと思うのですが、イギリスに『SQUEEZE(=スクイーズ)』っていうバンドがいたんですけどね(2度目の解散をしたのは2001年らしい)。日本でちゃんと聴いてる人は多分佐野元春くらいではないか(←なぜなら、例の「モトハル・レィディオ・ショ〜♪」で初めて聴いて「お!」と思って聴き始めたから。)と思うのですが、私は一時期このバンドが大好きだった(今もたまに聴く)ので、アルバムはほぼ全部持っているのです。で、昨日晩ご飯を食べながらテレビを見ていたら、『GAP』の新しいCM(=男の人がベッドに倒れ込むやつ。)が流れて、その後ろに流れていたのが、ナント!SQUEEZEの1981年に出たアルバム『EAST SiDE STORY』に収録されている『TEMPTED』という曲だったのですよ!!この曲は本国ではヒットしたと思うんですが、日本では存在そのものが認知されているのかいないのかというSQUEEZE。2003年の日本のテレビでこんな珍しい曲が聴けるとは!!!(選曲は佐野元春か〜!?)すごく嬉しくなってしまいました。
でも彼ら。1985年に再結成してから「COSI FAN TUTTI FRUTTI」(1985年)「BABYLON AND ON」(1987年)「frank.」(1989年)とアルバムを出した後は、気楽な弾むような楽しさが影を潜めてしまい、残念ながら、とりあえずアルバムは買ってもあまり聴くことはありませんでしたね。再結成してからは「国民的バンドになりたい!」とか、変なこと言ってたので、多分方向性を誤ってわけわからんようになったのでしょう。延々とお気軽ポップ・ロックをやっていて欲しかったのに...。

 ついでにもう少し詳しく紹介すると、この『TEMPTED』という曲のメイン・ヴォーカルは、もともとこのバンドのヴォーカルであるグレン・ティルブルックでもクリス・ディフォードでもなく、このアルバムの時期だけバンドに参加していた(←実は93年に出戻って、再び去った)ポール・キャラック(=「マイク&メカニックス」、新生「ロキシー・ミュージック」のキーボード・ヴォーカルも彼だったのですね!)です。途中グレンも歌ってますが、メインはポール。作ったのもポール、グレン、そしてプロデューサーのエリック・ソーングレンの3人。良い曲なんですが、SQUEEZEの曲であってそうでないような微妙な曲ですね。

 SQUEEZEの楽曲の特徴は、「メロディのひねくれ感」と、「サエない男女のちょっとした悲哀を歌った歌詞」でしょう。私が好きなのはもちろん、ひねくれたメロディです。エルヴィス・コステロにも通じる...と言えば分かってもらえるかも。(グレンとクリスはコステロに曲を提供しているし、コステロはSQUEEZEのアルバムにも参加して、共同ではあれプロデュースもしてるくらいで。)
ヴォーカルの「ディフォード&ティルブルック」(=グレン・ティルブルックとクリス・ディフォード)は、一時は「レノン&マッカートニー」に並ぶ!!と称されたほど、ソング・ライティングの才能を誇っていた(!?)と本国では言われています。
そして、この人の存在がSQUEEZEの隠し味になっていた!!メンバーの中に異才を放つジュールス・ホランドというキーボード・プレーヤーがいたこと。ジュールスは現在イギリスで自分の音楽活動をすると同時に、テレビで音楽番組のホストもやっていて、その番組が大人気!アルバムのプロデュースをすれば大ヒット!と、大活躍。彼はバンドを出たり入ったりしてたので、かつてのSQUEEZEのアルバムに入っている彼の曲は数少ないけれど、歌(=歌うんですよ!)も曲も良いし、この人のピアノは最高!!ルックスも魔法使いかマジシャンか!?という風に一風変わってて良い感じ!!エンターティナーとしても見事で、私は彼の曲は全部好きです。

さあ!SQUEEZEにちょっと興味を持った人は、CDを探してみてね。全部見つけるの難しいと思うけど。私のおすすめは、
・『COOL for CATS』
・『ARGYBARGY』
・『EAST SiDE STORY』
・『Sweets from a stranger』
・『frank.』

です。特に『EAST SiDE STORY』と『frank.』は好き!解散記念のベスト盤も出てるけど、そっちはおすすめしませんね。
SQUEEZEは「パブ・ロック」(=パブで演奏されるような、楽しくビールを飲みながら聴くような音楽。)の流れを汲んでいると言われるとおり、難しいところの無い、単純に「楽しむ!」ための音楽です。QUEENよりももっともっと軽い。(笑)でも良いんですよ〜〜〜!二度目の再結成はいつなのかしらん!?このバンドはメンバーの入れ替わりが異常に激しく、ディフォード&ティルブルック以外はしょっちゅう入れ替わったり、可笑しいのは何度でも出戻ったりしている。まるでその時手が空いてる人が順繰りに参加しているように!だから、「解散」と言われても、何が「解散」したのか?そもそもバンドの本体が存在していたのか?とさえ思う。今回の「解散」はディフォード&ティルブルックがそれぞれ別れてソロ活動をしているところが、前回と違うところか。でもあと2年もすれば、またその時「手が空いてる」メンバーが集まって再々結成するのでは...。その時に昔のような脳天気ロックに少しでも戻っていただきたいと願う。

(あ!思い出してしまった。グレン・ティルブルックとクリス・ディフォードが1回目の解散中に出した「ディフォード&ティルブルック」というソロ(?)アルバムを探さなくては!このアルバムの中からの1曲「Picking Up The Pieces」(そう、これだ!)を「モトハル・レィディオ・ショ〜♪」で聴いて、SQUEEZEを知ったのでした。)

※ げっっっっ!!!!(・〇・;)今ネットで調べてみたら、SQUEEZEの良いアルバムって根こそぎ廃盤らしい。最近出た、元気の無いアルバムがちょろっとあるだけ。うわ〜〜〜〜!!私が持っているレコードって貴重品なんだわ〜。初期の全部持ってるもん。でも、幸いなことに『COOL for CATS』と『EAST SiDE STORY』は買えるので、これ2枚ゲットしてね!!あとはベスト盤を聴いて、昔のアルバムに思いを馳せてください。ご健闘をお祈りします(-人-)

2003年9月20日(土)

 今日は『何もない休日!!』でした!久しぶりに。
前回の3連休は結局3日とも家で仕事していたし。(しかし仕事があるということは何より有り難い。10年前=無職・無収入、を思えば今は天国!!)ほんでもって、何もない日は何をするか?っていうと、まず小鳥さんのカゴ掃除。そして、絵を描くんですよ。(私の行動は見事にワン・パターンである)今日は描きましたよ。ほんで、かなり重層感(水を描いている)が出てきて「うわ〜〜〜!これからすごく良くなるかも!!」と思ったところで終わりにしておけばいいのに、最後の最後に「ちょっとタッチが強すぎるから抑えようかしらんね。」と、ファン(扇型の幅広い筆)で筆致をぼかしたら、いきなり「どろ〜〜ん」とした愚鈍な絵に...(T^T)こういう時、パソコンみたいに「元にもどす」コマンドがあれば...といつも思うね。マヌケな自分が悪いのでどうしようもないけど。でもまあ、今のところはこれからどうするか見えているので、まだ余裕。それと、個展にしては油彩の作品点数が少ないのでどうしようかとずっと思案していたのが、今日突然「サムホールに葉っぱ1枚!」と思い立って即実行。SM(←この記号の意味を知らない人は一瞬ギョッとする。もちろん「サムホール」のことです。)を2枚描き始めたのでした。あとは水彩で青い葉っぱが1枚欲しいな。追々描くとしよう。次は火曜日が休み。この日に続きを描こうと思う。

 さて、以上が本日昼間の行動でした。
これから夜にかけては第二部が始まります。次は何をするか?
「(みなさんの声)!!ヽ(^。^)丿」
はい!その通り!!装丁の下仕事をするんですね!(←またもやワン・パターン)スキャナで取り込んだ画像をデザインに組み込むため、切り抜きと加工をするんです。はよせなあかんと思いつつ、伸び伸びになってましたが、今晩こそできそうです。パソコンの画面とにらめっこなので、かなり目がチカチカする作業です。でもホントにパソコンいじるの好きなので、苦にならないのだ〜。なんでこんなに好きなんでしょう。

 ってなわけで。本日はベジャールの「バレエ・フォー・ライフ」の曲順で、自分で作ったQUEEN のMDを聴きながらお送りしました。気温が下がってきたので風邪ひかないようにしましょうね。この秋冬は去年に引き続きSARSが猛威をふるうという噂も...。そっちも気を付けましょう。
It's a kind of Magic. A kind of Magic♪

※業務連絡:「姉ちゃんはよMO取りに来い。初期不良やっても知らんで。」

2003年9月11日(木)

 『今日倒れるか、明日倒れるか...』
 と思いながら過ごしたこの2週間に渡る「死のロード」でしたが、結局倒れること無く無事終わりそうです。良かった〜。今週の月曜日は「もうあかん!」と思ってフランス語を休んで、家に帰って早い目に寝たら、いつもより1時間ほど多く眠れてラッキー!少し復活。昨日と今日は大阪に行かずに家で仕事をしていたので、通勤に要する体力が温存できた。そもそも「不眠」と「焦り(仕事や何やらのトリプル・パ〜ンチ!)」によって始まった今回の不調。やはり睡眠が取れるようになると、回復してくるもんです。この数日は眠くて眠くて仕方ない。一度寝たらとことん眠ってしまう。ああ、これってやはり睡眠障害の一種でしょうね。安定して眠ることが出来ない。まあ、今に始まったことではないので、改めて「障害!」とか言ってもしょうがないけどね。物心付いた頃にはすでにおかしくなっていたので。というか、生まれてから今日まで「気持ちよく入眠し、満足して目覚める」という経験が本当に少ないのでした。夢もすごくよく見るので、まるで人生2倍生きてきたようなもん。2倍は大げさでも、1.5倍は生きてると思う。得してるのか、損してるのか...。でも、夢にも色々あって、ものすごい悪夢も多いけど、自分で自分が救われるような夢(大好きな人や尊敬してる人や友達が「私はあなたのことをずっと見ているからね!」と励ましてくれる夢とか!)も見ることがあるので、「夢」は私にとってはすごく重要だと思う。

 今も変わらず焦りはあるけれど、全部が少しずつ前に進んでいるので、「このまま続けて行けば何とかなるのでは...」と思うことにしよう。装丁の絵は、描き溜めた甲斐がありそう。これを使って相当良いものが出来るでしょう。試作してみてかなりな手応え有り!!やっぱり努力は報われないとね〜!!
私だってサボっているわけではないし、リミットが来たらそれはそこで終わりということで、しょうがないってことで、それが自分の実力ということで。それにしても、時間が無いわ〜〜〜。朝起きて「今日は何をしようかな〜」とか悠長なこと言ってる日がまったく無い。「あれして、これして...」の連続。いやホンマにねぇ。ホンマにホンマでっせ。いやホンマ!(←べつに狂ったわけではありません)この調子で行って来年個展が終わったら、きっと脱力するやろな〜。無気力状態。ボケるかも!?
録画してある「白線流し」を見られるのはいつなんだろうか。早く見ないと、みかちゃんと「酒井美紀は主役でいいのか!?」を語り合う機会を逃してしまう。

 さあ!明日出勤したら、夢の「3連休」(きらきら〜!!!(*^。^*))が私を待っている!!!風呂入って歯磨きして寝るぞ〜!みなさまお休みなさ〜い!(^_^)/~

(本日September 11なんですね。あれからわずか2年の間に2つの戦争をしてきたアメリカ。殺されたから、殺す、という行為は、あのテロで家族や友人や恋人を失った人たちに、心の平穏を与えることが出来たのでしょうか。もしそうであれば、戦争にも意味はあるのかも。でももしそうでなかったら?...合掌。)

2003年8月30日(土)

 『変な天気』

 なかなかすっきりしませんね。変な天気。季節感が狂ってしまう。「今、梅雨やったっけ?」「ん?もう秋か?」「あれ?まだ夏?」。いや、天気のせいだけではない。長く生きてるとだんだん、今が夏だろうが秋だろうが季節の違いによって特段重要事項(長期休みの宿題とか、進級・進学とか、季節ごとのイベントなど)がなくなってきて、年がら年中同じ事を繰り返しているだけの状態になってくるからかも。「年を取る」ってこういうことかぁ〜!と思うことが増えてきたわい。こういう発言が、まず年寄り臭いね。

 で、本日この「年寄り」は、年寄りとは思えぬなかなかの充実ぶりでした。まず洗濯をして、小鳥さん(=名前の無い黄色いインコ。「きいろちゃん」と呼ばれることもある。)のカゴの掃除。例の「水蓮」と「蓮」の油彩2点にワニスを一層かけて、装丁用の水彩画を3枚描き、今こうして日記まで描いております。まだまだ年寄りは活動中!!(うむー。この間Sofmap神戸店の新装開店セールで買った¥9,999のMOドライブが、この文章を保存する度に「ピチピチ」とさえずっている。小鳥さんのように。このMOドライブ、640MB対応でこの値段。安いでしょう?一応OLYMPUSなんですが、逆輸入商品のようですね。アホな私はこのセールに3回も行ってしまいました。ADSLにするための周辺機器を買いに行ったんですけど。あ、早く工事に来てもらわな。)

 さて、明日から6日間連続労働。来週土曜日に休んでまた6日間労働です。最近眠りが浅く、眠っても4時とか5時に一度目が覚めてしまう。(ハッッッッ(・〇・;)ろ、老化現象かっっ!?)
この状態だと6日間のうちどっかで倒れそうになるかもな。誰か睡眠を自由に操る術を私に伝授して下さ〜い(T.T)

 それじゃあ、明日からまた働くぞ〜!忙しいぞ〜。時間が無いぞ〜。どうなるんだ〜。大丈夫なのか〜???(そ〜の〜答えを〜誰〜もが知ってるけど誰〜も問え〜ない〜♪中島みゆきの懐かしい歌でしたっ!ヤケクソ〜!!(`へ´))

2003年8月21日(水)

 『暑いよ〜〜!』

 やっと本当の夏が来たか?(それでも曇りがちだったりするが)
本日お仕事無しだったので、暑〜い家の中でゴロゴロとしておりました。届いてから全部は読めてなかったプレミア(=映画雑誌。私はこれを定期購読している。この雑誌の映画評はかなり信頼できる。)を何冊か読んだりして、優雅かつ無意味な一日を過ごしておりました。プレミア最新号にはジョニー・デップのポスターが付いているのですが、このジョニ・デがまるで『落ち武者』といった風情で、なかなかスゴイ。彼は「素」ではなく、役を演じている場面でポスターを作っていただきたいと、個人的には思うのですが...。うむ。今日ともみちゃんと、2回目の『パイレーツ・オブ・カリビアン』を見に行くことが決定!!1回目で聞き逃したセリフや、海賊の歌の歌詞、ジョニ・デの動きなど、注意して見るぞう。(大変脳天気ですね。これって現実から逃避してるんですね。途中で放置している、やるべき事がいくつもあるのに...。(T.T))

 でもちょっと嬉しいことに、加筆している『水蓮』(誤字!)に光明が見えて参りました。今まで手こずっていたのは何故か!?それは、自分で撮った写真に自分が引きずられていたからなんですね。もちろん、写真は必要。スケッチする代わりやからね。でも、「写真」が絵に取り入れられる割合はせいぜい30パーセントくらい。あとは現場に立った時に感じた「印象(イメージ)」と、私が日々ぼんやりと心に浮かべている、私を取り巻く「世界のイメージ」。この3つをブレンドすることで、私の絵が出来る。(私の絵に見られる「超現実感」「不思議な感じ」は、この3つを使った「ねつ造」のせいです!)
近ごろあまりにも行き詰まってしまっていたので、「前の個展の作品を描いた時ってどうやったっけ???」と思い返してみたら、かなり写真を無視していたことを思い出した。余程自分にぴったり来る風景に出会い、写真が撮れた場合を除いて、写真をそっくりそのまま描くことはまず無いのです。それをすっかり忘れて、写真を再現することに腐心する余り、自分が何を描いてるのか分からなくなってしまっていたのでした。このところの絵はけっこう写真そのまま使える場合が多かったので、自分で何か勘違いしてしまったんですね!な〜んや!って感じです。
 不調の原因は単純なことであることが多いです。大学4年の時に陥った、最大のスランプ(結局この1年間、納得の行く絵は1枚も描けなかった。)の原因も、実はキャンバス・ロールを節約するためと、実習で習った下地作りを実際にやってみた、「裏キャン」(=一度描いたキャンバス地を裏返して木枠に張り、再度キャンバス地として使用する。)を利用した、「白亜地」(=麻布に膠と白のジェッソで下地を作る。)のせいでした。この地塗りをして油彩で描くと、下地に油分が含まれていないので、下地そのものが絵の具の油分をどんどん吸ってしまい、まるでフレスコ画(=漆喰壁に顔料で絵を描く。壁は水分と一緒に顔料をその内部に吸い込むので、色が定着する。)を描いているように、カスカス!!それまでの既製のキャンバスに描いていた時と全く感覚が狂ってしまい、長い間苦しみました。卒業して間もなく、なんとなく既製キャンバスにしたら、それからはまた元通りになりました。でも、その原因に気が付いたのは、ほんの数年前です。それまでは「気持ちの問題!」と思ってたのです。当時落ち込むこともたくさんあったのは事実なのでね。ああ!あの時すぐに原因に気が付いて、既製キャンバスに戻しておけばどうだったか...。しかしアホですねぇ〜。ここで教訓!!

『困った時の答えは、単純かつ当たり前の事であることが多い。』

 さあ、今現在様々なことで困っている皆さん!!答えは案外単純なのかもよ〜?(え!?いい加減なこと言うなって?ははー。失礼しました〜。)

2003年8月13日(水)

 『パイレーツ・オブ・カリビアン』を見た!!

 ああ!!とんでもなく素晴らしかったです!!何が!?
もちろんジョニー・デップの演技が!!
 今回デップの演じた役は、海賊船ブラック・パール号の「元」船長で、現在は一匹狼の冴えない海賊「ジャック・スパロウ」。髪から手、体のあちこちに、種々雑多な装飾品やゴミ(?)をとにかくくっつけまくって、ジャラジャラ言わせながらヨタヨタ動き回り、口を開けば保身と企み事ばかり。が、やる時やヤル!んですよ、この男!そのギャップがむっちゃ格好いい〜〜〜!!デップ本人が、ジャック・スパロウを演じるのが楽しくて仕方ない!というのがビシビシ伝わって来ます。
 彼は天才です!!彼こそ虚業(=表現を生業とする人は皆虚業)に従事する人の鏡ですわ。特に荒唐無稽、実在しえない人物、を造形させたらピカイチ!!!本当に素晴らしく創造性に溢れている!!見習いたいくらい!
depp_pirates 映画全体としては、お話自体がそう入り組んだものではなく、ステレオ・タイプな筋書きなので、まったく難解さは無く、最新VFXを駆使した!映像も、殊更に主張せず、目新しさは特にありません。
「見て人生を考えさせられるような要素はゼロ!!」。が、そういうことと、「映画としてゼロ!」ということとは全く無関係!!これはもう、デップを見に行くだけでも十分な価値有り!!と断言させていただきましょう。
 他の出演者、例えばヒロイン・エリザベス役のキーラ・ナイトレイは、単なる「お嬢様」に終わらず「闘う女」を熱演。デップと二人の無人島でのコミカルな絡みも良い!敵のバルボッサ船長役、ジェフりー・ラッシュも相変わらず良い!!(この人、参謀とか敵とか、主役の次の役をやらせたら本当に存在感ありますね。「シャイン」の主演はもちろん素晴らしかったけど。)...と。ここまで来て、ちょっとお気の毒なのが、スパロウと双璧を成す、この映画のヒーローであったはずの、ウィリアム・ターナーを演じたオーランド・ブルーム。役柄のせいか?はたまた本人の力不足か!?せっかくのこの4人の主要人物の中で、ただひとり、意外性の無い平板なキャラクターになってしまいました。スパロウとエリザベスには、「頭のイカれた海賊」「お嬢様」というとぼけた顔・表の顔と、「いざ!」という時の行動力ある顔と、二面性がくっきりあったのに、ウィルだけにこの二面性が無かった。アメリカじゃどうか知らないけれど、日本ではこの映画、「ロード・オブ・ザ・リング」でブレイクした「オーランド・ブルーム人気に更なる火を付けよう!」という彼の「売り出し用映画」の位置づけだったようなのに、フタを開けてみたら、デップの一人勝ち状態。つくずく気の毒。それと、エリザベスの父スワン総督役で、私の好きなジョナサン・プライス(「未来世紀ブラジル」「バロン」「キャリントン」)が出ていることも忘れてはいけない!
 その他特に耳に付いたセリフが、ジャック・スパロウの口癖。相手に何か言う度にくっつけるフレーズ
『Vous saviez?』(=ご存じ?、お解りかな?)
もちろん、フランス語です。ということは、現在はカリブ海を放浪するスパロウが、過去にフランスを訪れたこともある、という含みをさりげなく表現しているのですね。(デップの現奥様はフランス人女優ヴァネッサ・パラディで、デップ自身もパリ在住。そこからもこの設定が来てるでしょうね。)そう言えば、スパロウに投げられた「それはフランス人に言いな!!」という意味不明のセリフもあった。英語がわかればもっと面白いんでしょうけどねぇ...。

 この映画のタイトルは
「PIRATES of the CARIBBEAN The curse of Black Pearl」。「ブラック・パール号の呪い」。最後、ブラック・パール号がスパロウ船長を迎えに戻ってきます。映画の最終ショットはもちろん、ブラック・パール号で悠然と大海に出ていくスパロウ船長です!「俺達や腐った卵。自由な海賊だい!...」海賊の歌を口ずさみながら...。
『ヨーホー...!!!』

2003年8月9日(土)

 ここ数日また、カウンターの数字の増え方がいつもと違うぞ...。と思ったら、やはり「QUEEN RING JAPAN」のリストの1ページ目の2番目に「Jのツボ」が移動してました。

 『QUEEN RING JAPAN から来られた皆さん、こんにちは!!』

 最近『今さら?QUEEN!のツボ』の更新をサボッている上、特に情報通ではないので目新しいコンテンツも無いのですが、アルバムについてとか、色々好き勝手なことを書いています。もし事実関係に間違いを発見されたら是非ご指摘下さい。お願いします!いつも同じこと言ってますが、お勧めは『Bllet for Life』のページです。『今さら?QUEEN!のツボ』の中の『OTHERS』の中にあります。苦労して時間かけてベジャール・バレエ団の公式HPから訳したヘボ文章が、ベジャール・バレエ・ローザンヌの日本公演パンフレットに、「それはそれは美しい日本語!」に訳されて載っているのを発見した時は、かなりショックでした(苦笑)。しかし悔しいので直さずそのままにしてあります。一応、ベジャール・バレエ・ローザンヌの事務局の人(=日本人ではない)が「あなたが訳した文を掲載していいですよー!」と許可してくれたのですが、誰か日本語の分かる人が読んで「これくらいならいいかな?ちょっと変な訳やけど。」と許可してくれたのか?又は「何書いてるかわからんけど、ま、いいかー。」くらいでワケわからずに許可したのか?、謎は残ります...。
あ、それから、『FREDDIE MERCURY SOLO COLLECTION』も、もちろんお勧めです。今や幻のBOX SETとなってしまいましたが、私の偏った解説でもって内容を想像してみて下さい。それでは!!


『DVD「Queen LIVE AT WEMBLEY STADIUM」が遂に発売されました!』

 もちろん買いましたよ。例によって予約してましたが発売が何度か延期されましたね。もう慣れっこです。「あ、そう?」っていう感じ。CD屋さんがわざわざ「発売延期で、発売未定になったんですけど、どうされますか?一旦キャンセルされますか?」と電話かけてきてくれたけど、何の迷いもなく「あ、そうですか。出るまで待ちますので、入荷したらまた知らせて下さい。」と答えてました。
 このライヴはQUEENのラスト・ツアーとなった「マジック・ツアー」(1986年)の、ロンドン、ウェンブリー・スタジアムで行われた野外ライヴの模様をノーカットで収めたものです。これまでに一部カットされた形でビデオが出ていましたが、私はそれを買わずに、テレビで放映されたさらにカットされた編集版で我慢して、DVDになるのを待っていたのです!オマケが付くことも予想できたしね。特に見たかったのが、CDで音しか聴いたことのなかったカヴァー・メドレー!!これが思っていた通りに良くて、満足です!!しかし...この映像がもう17年前になるとは...。元気に走り回り歌っているフレディー・マーキュリーが、すでにこの世にいないことがウソみたいです。それと、80年代後半から今現在に至る約20年間というのは、例えば70年代から90年代に至る20年と比べて、世の中の進むスピードが鈍化しているのでは?という印象を受けました。なぜかと言うと、ステージにおけるテクノロジーや、ビジュアル・デザイン、楽曲のレベル、ミュージシャンのパフォーマンス、録音や映像の技術、などについて、「これ、去年のライヴやって。」と言われても不思議ではないくらい違和感が無いからです。最近のポップ・ミュージックのリバイバルやサンプリングのブームとも関係があるでしょうね。色んな分野が、ある「飽和点」に達してしまって、まったく新しい表現とか、まったく見たこともないビジュアルとか、聞いたことの無い音とかが、作られ難くなっているのでしょう。「すべて出尽くした」感があるのでしょうね。(唯一観客の髪型や服装にほんの少し古さを感じますが、「ほんの少し」で済むのは、日本のように流行り廃りで日常着るものがそうそう変化しないヨーロッパの人々だから、でしょうね。これが日本だったら、お客さんの出で立ちから、古さが満々伝わってしまう。)

 オマケDVDには未公開ライヴ、インタビューとドキュメンタリーが入っています。そして何よりメンバーひとりひとりの「マルチ・アングル映像」が傑作!!半分以上がフレディーの映像であるライヴ中、映ってない他のメンバーは一体どんな動きをしているのか!?興味ありますよね。それが見られるのがこの「マルチ・アングル」。いや、ホントおもしろい。特にジョン・ディーコン。彼をこんなに長い時間見ていられる日が来るとは!思ってもいなかった!!彼も自宅のホーム・シアター・システムか何かで、「オレも若かったよなぁ...」とか思いつつ、ノリノリの自分の姿を眺めているのかしらん...。

 今日の「つれづれ」は思いがけず『QUEEN特集』になってしまいました。それではまたね!

※今日は長崎に原爆が投下された日。そして広島に原爆が投下された6日は、おばあちゃんが亡くなってちょうど1年の命日でした。歳を取って亡くなることは仕方無いけど、どんなやり方にせよ、人に命を奪われることはあってはならないし、人の命を奪ってはならない。誰もがそんな単純なことを、普通に信じることが出来るように。

2003年8月3日(日)

 『16年来の疑問が解決!!』

 !!今日フランス語の予習をしていたら、偶然に16年来の疑問が解決しました!!

 私は1987年の秋に初めてヨーロッパ旅行に出かけたわけですが、今でこそ飛行機の予約確認は必要ない航空会社も増えてきましたが、当時私が利用した大韓航空では、予約した飛行機の搭乗1週間ほど前に航空会社に電話を入れて、「確かに搭乗します」と予約の確認をしなければなりませんでした。
 帰りのパリ発便の確認の電話を入れる時、私はスペインはマドリッドにおりました。電話局からパリの大韓航空に電話をしました。電話に出た男の人に「旅の5カ国語辞典」に載っていたとおり、「Je voudrais faire une confirmation.」(=確認をしたいんですけど。)と言ったら、「けすくう゛ふれ?」と返されてしまいました。うっそ〜!「旅の5カ国語辞典」には、この一言を言ったら、あとは自分の名前とか乗る飛行機の便名とか行き先を言ったらそれでOKのはずなのに〜〜!!何を言われたかわからないけど、とにかく便名を言えばわかるだろう、と無視して続きを言おうとすると、相手は聴く耳持たずで私の言葉をさえぎるように「けすくう゛ふれ?」を連呼。「けすく う゛ ふれ?」は、「あなたは何を××(動詞)しているのですか?」と聞いているのですが、「××(動詞)」に当たる「ふれ」という単語の意味がわからない!!あわあわしながら最後の切り札「Il y a quelqu'un qui parle japonais?」(=誰か日本語を話せる方はいますか?)と聞いたら、冷たく「Non!」と言われてプチッと電話を切られてしまいました。いや〜ん!!!ここで負けたら帰りの飛行機がキャンセルされるかも〜!そうはさせへん!もう一度かけたら今度は日本人の女の人が出てくれて、「はいはい。わかりました。」と一件落着。お陰で16年後の今、こうして無事日本で生きているわけです。

 で、この『「けすくう゛ふれ?」の「ふれ」が何であるか!?』がワタクシの16年来の謎だったのです。動詞の活用形であることは当時から察しはついていましたが。今日辞書を引いていて分かりました。
「ふれ」とは「ferez」のことで、「faire」(=〜する。つくる。英語で言うとdo、makeみたいに使う。)という単語の「単純未来形」!!だったのです!!
だから大韓航空の男の人は私にこう尋ねてたんです!

『Qu'est ce que vous ferez?』(=どうされるということですか???)

ってことは、

『J'ai fait une reservation de vol.』(=私はフライトの予約をしていまして、)

そしてさらに、

『Je vais prendre l'avion comme c'etait prevu.』(=予定通り搭乗するつもりです。)

と言えば良かったのです!!!\(T^T)/

大韓の人は「"確認"って言われても、何の確認よ?」と思ったんでしょうね。
すっきりしたけど...なんだか情けなさも16年分大幅増量でした。
誰か一緒に喜んでくれ〜い!(/_;)

2003年8月2日(土)

 『外的記憶と内的記憶』

 最近また精神状態ちょい鬱気味なので、イカンイカンと思いつつも、色々ネガティヴなことを考えております。最近ひっかかっているのは、「人との意志疎通がちゃんと出来ない」ということ。難しいことではなく、私が「合理的・常識的な考えができない」ために、「○○を××して下さい」と、用事を頼まれても、その意味を正確に理解することができず、やるべきことをきちんとこなすことが出来ない。頼んだ側は「そうじゃなくて...!普通考えたらわかるでしょ〜!!」と苛立つに違いない。情けないけど、日々の仕事中に起きる様々な事柄に対する適切な対処が私には出来ない。

 私には「外で起きている出来事に、自分が参加している状態での認識」が、プツッと途切れる時間(長い時は数年間も断続的に)があって、そういう時間の中では、私はまったく「外の出来事から閉じた、自分の心の動きにしか目が向かない状態」になっている。(よく言う「ボンヤリしている」というのともまた違う。無意識のうちに現実世界に背を向けていると言った方がいい?)
 現実世界に自分が参加している状態での記憶を『外的記憶』。完全に内向き視線になっている状態での記憶を『内的記憶』(外的であろうと内的であろうと、結局「記憶」とは内的で主観的なものでしかないのだけれど...)と仮に呼ぶとすると、『外的記憶』は、具体的に「こういうことがあって、その時に私はこう思ってこうした」というバランスの取れた普通の記憶がちゃんと残っている。それに対して『内的記憶』には自分の心の動き(追いつめられていた、怖かった、寂しかった、など)が「漠然とした感覚の記憶」として残っているだけで、そういう感覚が生まれる原因となった具体的な事柄の記憶はほとんど残ってなかったりする。後から思い返すと「なぜだかわからないけれど、あの当時はとても苦しい日が続いた」とか。

 精神状態の悪い時は、もちろん『内的記憶』が多く残り、実際に何が起きてそうなったか、が全く抜け落ちていることがある。それは自分自身がある出来事を本当に体験していながら、同時にその現実の体験を受け入れ拒否していたからに違いない。でも、その時生まれた感情や感覚だけはちゃんと残る...。外から見ている分には普通に生きているのに、実は現実世界をシャット・アウトしている...。(外から見て普通というところが質が悪い!!)まったくの『現実逃避』状態!!「人の言っていることが分からない。」というのは、最近その傾向が出かかってきているのか!?ちょっとヤバイな、と思ったり...。こういう心配そのものが鬱傾向のせいなのか!?と思ったり。


 五月の半ばからずっと、絵は描けてない。(装丁用のは描いてるけど)お金は人並みに稼いでいるのでとても嬉しい。ああ、でもちょっとバランスが崩れている。また始めないといけない。描かないといけないとは思うけど、こんな状態で良いものが描けるのか?とも思う。また描くのが怖くなってしまっている。どっかに逃げて、隠れて丸まっていたい...。悪循環にはまってしまった。
空気を変えたいよう...どっか広いところに行って、強い風にびゅんびゅん吹かれたい...

う〜ん...逃避願望...(/_;)

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