INNUENDO
1991/1/30(JP)Released
1.INNUENDO
2.I'M GOING SLIGHTLY MAD
3.HEADLONG
4.I CAN'T LIVE WITH YOU
5.DON'T TRY SO HARD
6.RIDE THE WILD WIND
7.ALL GOD'S PEOPLE
8.THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVES
9.DELILAH
10.THE HITMAN
11.BIJOU
12.THE SHOW MUST GO ON

アルバム「INNUENDO」について。
 事実上のラスト・アルバムです。
 2000年の夏の終わりです。「ああ!QUEEN!!」と思い出して買いに走った2枚目のアルバムがこれでした。(まず最初に買ったのはその頃出たばかりの「QUEEN+ GREATEST HITS 3」。)
 結果。「今まで聴かずにいてごめんなさい!許してください〜〜!!」と思いました。実はこのアルバムが発表された当時、「QUEENのニュー・アルバムは凄い!」という評判は聞いていて、CD屋で手に取ってみて「でもなぁ。今さらQUEENでもないやろぅ。」と思って買わずに帰ってそれっきりになっていたのです。(だからもしその時に買っていれば, "今さら!?QUEEN!" なんてホームページも作ってなかったかも...。)

 ジャケットはロジャーが見つけてきた19世紀の英国の挿絵画家GRANDVILLの作品たちです。これもよくもこんなにぴったりなものを見つけてきた!と驚きます。どこまでが原画でどこからが手を加えたものなのかは定かではありませんが...。(例を挙げると、ジャケット表にちらっと浮いてるバナナはフレディーの大好物。中のフレディーのイラストにまとわりついているのは彼が愛して止まなかった猫。着ている服は初期のフレディーと同じ白黒のダイヤ柄。ジャケット表の地球を手玉に取っている道化の男は、どこか人を煙に巻くQUEENというバンドそのものの象徴かも...。ふざけているのか本気なのか。こういうセンスって「イギリスじ〜〜ん!!」って思います。)この前のページでジャケットの写真がズラッと並んでいるのを見て下さい。明らかに「INNUENDO」のつくりは彼らの最高傑作「A Night At The Opera」を意識したものです。ジャケットの印象が似ているでしょう?最後にあの「A Night At The Opera」の奇跡をもう一度!と彼らは願ったのだと思います。フレディーの状態から見てこれが4人で作る最後のアルバムになるであろうことは、全員が暗黙のうちに理解していたはずです。その上で「QUEENの終焉」を冷静に「演じて」見せた彼らは、当の本人であるフレディーは、一体どういう心境でこのアルバムを作っていたのでしょう。想像を絶します。...と、あまりしんみりしていてもいけません。曲についてです。

 このアルバムはスイス・モントルーの彼らの専用スタジオでレコーディングされました。すでにフレディーは長い時間起きているのが困難な状態だったようです。プロデューサーのデイヴ・リチャーズによると、彼らはもう二度とコンサート・ツアーをすることが無いとわかっていたため、まるでコンサートホールでLIVEをしているかのような音に、このアルバムは作られたそうです。全編を通じて漂う悲壮感は、フレディーの病気のせいだけではなかったようで、後のインタビューを読むとみんなそれぞれが私生活でトラブルを抱えていて、特にこのアルバムの制作のイニシアティブを取っていたブライアンの「憂鬱」がかなり反映されているように思います。
 フレディーの声が明らかに細く、でも高音は益々高く、そして素晴らしく澄んでいることが一聴して解ります。
今回のQUEENはのっけから飛ばします!1.です。重いです。「Bohemian Rhapsody」と同じくらい長〜い曲です。でも大ヒットしました。英国ではNo.1になりました。歌詞はフレディーのものということです。ちょっと荘厳な感じも有り、前向きで、いかにも彼らしい。「最期まで闘い続けるさ!」という歌詞はあまりにも...。2.はフレディーが書いたものと思われます。病気という得体の知れない存在によって変化していく自分自身を茶化しているのか、なんともやり切れない、でも昔の彼の曲の特徴とも言える、ちょっと気味の悪いようなところもある、うまく形容し難いけれどすばらしい曲です。彼でなければこういう曲は書けません。3.6.10.はこの重〜いアルバムの中では救いです。ただただPOPであるという。4.6.は好きですね〜。4.はブライアンが書いたようですが、フレディーの私生活とも重なる部分も。「君とは一緒に生きられない。でも君無しでも生きられない...熱狂を越え涙を越えて僕たちは抱き合う。」(彼はかつての恋人のうちの何人かを自分のそばに置いて、彼の身の回りや活動に関係する色々な仕事を任せていた。それが自分という特殊な世界の人間とかかわったがために人生が変わってしまった人への、彼なりの責任の取り方だったようです。)5.フレディーとブライアンの共作だそうです。ファルセットで歌っています。ジョンとフレディーによる"PAIN IS SO CLOSE TO PLEASURE"(アルバム"A Kind Of Magic"収録)も全編ファルセットの曲でした。6.の自動車(レーシング・カー!?)の排気音(もちろんブライアンのギター!)、ドラム、スピード感は最高!7.はフレディーのソロ・アルバム「BARCELONA」に入る予定でした。凄まじいコーラスです。8.を聴くと遠い目になります。まだこのビデオ(フレディーが出演した最後のビデオです。)はちらっとしか見たことがありません。...全部見たら泣くでしょうね、きっと。(でもこれロジャーの曲みたいですよ。こんな、人生を振り返るような歌詞「僕は長い長い時間を過ごしてきた。でもよく見ると何も変わっていない。確かなことは、今でも君を愛しているということ。愛しているよ。」を重病のフレディーに歌わせるとは、人を食ってますよねぇ。フレディーも含めてこの人達全員そろって確信犯!!)9.を聴いて「ディライラってどこの誰!?」と思った方。猫ですよ。フレディーの!11.には歌詞がフル・コーラス付いてるバージョンがあると言われています。12.「Ballet for Life」(モーリス・ベジャールのバレエ作品)の終幕にも使われています。ブライアンの作です。これはもう...決して弱みを見せない「フレディー・マーキュリー(女)王」最後の勇姿です。大見えを切っています。天晴れです。絶大な拍手でもって見送りましょう。

 それにしても、これが彼らの事実上最後のアルバムになったということはとても不思議で、奇妙な慨視感に捕らわれます。ジャケットは「A Night At The Opera」を思い起こさせ、中身は彼らの生み出してきた音楽の集大成とも言える内容。「すべて解っていたから。」とは言え、上手くできすぎてる!!全部最初から仕組まれていたおとぎ話のよう。結局フレディー・マーキュリーが描いたファンタジーに、ブライアンとロジャーが巻き込まれて、フレディーがその絵を描くのを止めた(この世を去った)時に、またふたりだけが残された。(ジョンの加入はフレディーが描いた絵の一部だったと思った方がいいですね。だって、フレディーがいなくなった時点でジョン・ディーコンはQUEENを続ける意味を失ったのですから。)「始まりが終わりで終わりが始まり」!?なぞなぞのようではありませんか!彼はQUEENという数奇なバンドの絵を自分で描いただけではなく、人々が欲した(?と言うと語弊があるか...)絵="AIDS"によって亡くなったことで、大衆の欲望をも見事に描いてしまった。それも自らの命と引き替えに。確信犯だったんじゃないか!?と疑うくらいによく出来たストーリーです。本当にフレディー・マーキュリーは「神の道化」と呼ばれるにふさわしい人だったと思います。幸か不幸か彼は自分の運命を予見していてその役割を全うしたんですね。FREDDIE MERCURY=フレディー・マーキュリー(本名 FARROKH BULSARA=ファローク・バルサラ)は1991年11月24日午後7時(これはHIV感染とAIDS発症を発表するステイトメントを出した翌日のこと)AIDSからくる合併症の気管支肺炎により、LONDONの自宅で亡くなりました。まだ45歳でした。
"I'm taking my ride with destiny, willing to play my part.
Yes it was plain to see, yes it was meant to be . Written in the stars."

 そこで、初めて聴く方へのお勧め度は...。あえてお勧めしません。理由は「THE MIRACLE」と同じです。自分で辿り着いて下さい!ってことで。


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