アウトドアへの招待
ハンドクラフト[3]

ナイフは自然に溶け込む道具
4年前、長男が生まれた。産院で出産に立ち会い、誕生の一瞬を見ていた。直後、待合室でソファに座りながら、真っ先に考えたのは「彼にいつ、ナイフを持たせようか」ということだった。
私はワイルド派ではないから、いつも登山ナイフなどを携帯しているというわけではない。「いつ子供と一緒に料理包丁を持つか」ぐらいが現実的なのかもしれない。
とはいえ、自分の手でヤブを切り分けて進む、ちょっとした道具は木切れから削りだして作る…。そんな子供に成長してほしいというのは、男の子の親なら一度は考えることではないだろうか。
もっとも、私自身は不器用なたちで、工作でカッターを使うと曲がり、版画で手をケガするタイプ。えらそうにナイフを論じる資格はない。
でも、アウトドアクラフトは暮らしそのもの。うまいからやる、というものでもないだろう。
カービングというものがある。木をナイフで削って、鳥や魚などの形を削りだす趣味だ。狩りでおとりに使うのが本来かもしれないが、これは非常に奥が深い遊びだ。
名人といわれる人の作品は今にも動き出しそうで、自分の作品がいやになる。しかし、技術を競うために上手に削るのが楽しいのではない、と自分をなぐさめる。
むしろよく観察し、削る対象の鳥や魚をよく知っていく面白さが根本。フライフィッシングでフライを巻くのに通じる。対象への愛情が必要な遊びだ。
だから、鳥を見るのが好きな人が鳥を削り、魚好きの釣り好きが魚を削る。
ナイフは野生へのドアだという人もいる。でも、それは自然を征服するような荒々しい野生ばかりではない。カービングなどを通じて、自然の中へ優しく溶け込んでいくための道具でもあるのだ。
1995,9,14
文:石井研二 絵:石井光